(抄)
早朝はいちばん安い塩パンもまだあたたかい涙のようだ
ゴミのトラックそれから痩せた皮膚病の野良犬たちに道をゆずって
クリスティーナ(七歳)ゴミ山へのぼるまだ空っぽの袋ひきずり
雨期あらゆるゴミに残飯と髪の毛が付着している 拾う よりわける
カギ型の鉄ピック突き刺して拾うプラスチック、瓶、缶、ビニール袋
ゴミのなかで子らは何かを食べている食べていけないものに決まっている
腐敗する人の子の夢 ゴミ山に数限りない蠅が湧き上がる
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教室はくる日もくる日もABCくる日もくる日も2かける2は4
放課後はときどき靴が消えてしまう世界で靴をさがしつづけた
嘘みたいに涙がこぼれた落ちていたつばめの死骸を拾いあげたら
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スコールで体を洗う石鹸を小さな妹にもなすりつけて
人の世のおもしろきこと土佐源氏と名づけられたる老乞食いて
名前はもう忘れたわたしのスカートのなかにもぐってきた犬たちの
本当なのに信じてくれない母さんの男が(あたしに)何をしたのか
ごはんに水をかけてふやかして分かちあう姉のしぐさのやさしかりけり
捨てられた赤ん坊が拾われ育っているこの路地やさしさのどん底で
一週間過ぎているらし小屋の隅に捨ててしまえぬ母の遺体が
死者の家にささやかな賭博場をひらく葬るための寄付とするため
貧困にひきずりまわされても子らの凧が喜びのように舞いあがる
夜じゅうをトラックが落とすゴミを待つ人の群れ 祈るように灯ともし
わたしが誰かなんてそんなこと 神さまにもの申しているのです
月はブワン、星はイシュタル、夜もなおゴミ拾う子らが指さす空に
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トタン屋根打つ雨音の激しければ雨から守られているふしぎ
豚のにおい鶏のにおい牛のにおいまだらに漂う路地のにおい地図
なぜここに生まれたのかと問えば母が答えた「あなたがここを選んだ」
蛍ほたる生まれる前にこの地球を見おろし父と母をさがしたか
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ペルー人一家と夜汽車に乗りあわす大垣発ドコカ仕事アルトコロ
トランプする笑う笑えるゆきずりの家族あたたかい夜汽車の家族
貧しさの幸せを恋う──奇跡みたいな奇跡みたいにジェシカの笑顔
キリストの生誕劇のキリストに手頃な赤ちゃん、どこにでもいる
アルファベットがノートに踊る今朝はじめてクリスティーナが名前を書いた
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もうひとつの、本当の故郷へ帰る船が被爆後この河口から出ていた
「日本で差別、故国に帰っても差別、貧乏でしょうケロイド醜いでしょう」
「ナンデ日本語使ウカ半ちょっぱりガッテ怒鳴ラレテにほんご忘レテシマッタ」
おでぃかむにか どこへ行くか行きたいか アボジ、わたしはずっとわからない
遺されたものには人間の皮まであるが、ああ、にんげんはのこらないのだ
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人の子に、あらゆるものに、、傍点の、、、ようにつきまとう、、、、蠅
惑星にケロイドありやゴミ山を蠅が覆うざくざく蛆が湧く
首のない子どもの遺体をわが子だと母親たちが奪いあった、と
(ほほえみは わたしの悲しみでほかの誰かを傷つけてしまわぬように)
汗が目にしみて痛いけどもっと遊ぶもっと笑うもっともっと泣きたい
人々が今日もゴミ拾うゴミの海の底に死者らの路地はあるなり
ゴミの上にゴミが積もるゴミの底の底(子どもたちはまだ眠っているよ)
立ち退きのスラムの廃屋の壁に書き残されて神を呼ぶ声
昨日までの家族の庭もゴミに埋まり風もないのにゆれる 蠅の木
蠅、蠅蠅、、蠅蠅蠅、、、蠅、蠅蠅、、蠅蠅蠅、、、蠅蠅蠅、、、蠅、
いまどこで眠っているか出ていったままの弟たち天使たち
透明な子どもたちともだち心臓の穴のあたりでずっと一緒だ
(ゴム草履でゴミ踏むようにわたしたち星の破片を踏み分けてゆく)
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遠い日にクリスティーナが分けてくれた塩パンがまだあたたかいまま
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